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「わが町の城」の歴史と文化を後世に正しく伝えながら、城跡周辺の自然の保全管理をしている人たちがいます。地域住民に愛されるようにするとともに観光客をもっと増やし、町おこしにもつなげたいと話しています。

「わが町の城」の歴史と文化を後世に正しく伝えながら、城跡周辺の自然の保全管理をしている人たちがいます。地域住民に愛されるようにするとともに観光客をもっと増やし、町おこしにもつなげたいと話しています。
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齋藤 志郎さん

浦城の歴史を伝える会

県央 / 八郎潟町 / まちづくり

八郎潟町の「浦城(うらじょう)の歴史を伝える会」の齋藤志郎さんにお話を伺いました。

 

八郎潟町と五城目町の境に「浦(うら)」という地区があり、室町時代末期、高岳山(たかおかさん)中腹にその地形を利用して典型的な山城が建てられていました。八郎潟の湖東部を治めた三浦氏の居城です。しかし、天正16年(1588年)三浦一族滅亡後は訪れる人も少なくなり、本丸に続く道も雑草だらけで、通ることができないような状態でした。このままにしてはおけないと有志が集まり、その城跡に「浦城本丸」という石塔を建てたのをきっかけとして、会を発足しました。

 

まず、町の歴史を掘り起こすため、多くの史跡調査と、浦城跡本丸への道の整備を行いました。木を切り、草を刈り、看板を立て、道を直し、はしごを掛け、階段を作りました。私たちの活動を見て地域の人たちも応援してくれ、一緒になってやぶを払い、急な山道に登りやすいようにロープを掛けてくれました。

 

多くの人の協力のおかげで、小中学校の浦城跡に登る体験学習や、親子ウォークラリーもできるまでになりました。町の人たちも「わが町の城」として登ったり、他地区の人たちに宣伝してくれたりしています。観光客は年々倍増していて、遠くは九州からも城マニアが来ています。

 

浦城跡は、江戸時代の紀行家、菅江真澄の「霞む月星」にも記載があり、守衛所跡や鐘楼跡が確認されています。そこで、秋田市金足にある縁戚である三浦氏の「三浦館」と連携して観光コースを作って、町おこしにもつなげたいと思っています。


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